Concept
コンセプト
”たいせつにしたいこと”を
たいせつに
地球温暖化、フードロス、高齢化社会、貧困...
キリが無いほどに様々な問題が私たちのまわりに存在しています。
度重なる災害やコロナウイルスの大流行で、
生活様式や働き方、これまでの当たり前も変化し、
制限される日常において、価値観も大きく変わったのではないでしょうか。
守りたいもの。必要なこと。たいせつなこと。
これからは、たいせつな人やたいせつなことを、
ちゃんとたいせつにしたいと思うのです。
設計という仕事を通して、
私たちは、
何ができるだろうか。
たいせつな家族を守る場所。
たいせつな時間を過ごす場所。
たいせつな気持ちを育む場所。
家という場所を、たいせつな家族が朗らかに健やかに暮らす場所にしたい。
あなたもわたしも。
1年でも、1日でも、1秒でも多く自分らしく健やかに。
楽しかった想い出でいっぱいになる、そんな我が家で過ごして欲しい。
私たちにできること。
住む人と、その家族に寄り添って、安心して暮らしていくためのお手伝い。
たいせつにしたいことをたいせつに、
きもちのいい暮らしの提案をしていく所存です。
Story
創業までのストーリー
現場から始まった想い
「たいせつなことをたいせつにし、心地よくて使いやすい暮らしづくりのお手伝いをしたい」 これは、設計事務所や工務店で20年以上、200件を超える住宅や店舗の設計に携わってきた私が、強く感じていることです。
芸術系の短大でインテリアデザインを学んだ学生時代の私は、デザインとは表面的な美しさがすべてだと思っていました。 就職活動に乗り遅れ、ようやく拾ってもらったのは、店舗や住宅の内装工事を手がける家族経営の工務店です。
入社初日、デザインの仕事ができると期待していた私に手渡されたのは、社名入りの作業着。現場に出た私は、専門用語も分からないまま、 掃き掃除や資材運び、大工さんの手元作業に追われる毎日を過ごしました。当時は建築現場に女性がいることがまだ珍しく、 仮設トイレには女性用がなく、屈強な職人さんたちに混ざって列に並んだことも、今では懐かしい思い出です。 しかし、そんな日々の中で、職人さんたちとの関係づくり、現場の流れや段取りの重要性を自然と学ぶことができました。
住宅の現場では、女性のインテリアコーディネーターさんと一緒になることもありました。当時の私にとっては憧れの存在でしたが、 彼女たちが時間をかけて練り上げた提案も、設計事務所側から却下されることがある現実を目にしました。 「良いデザインでも、他の要素とのバランスが取れなければ採用されない」そんな厳しい世界を知ったのも、この頃です。
仕事の厳しさに悩み始めた頃、私を支えてくれたのは、お客様からの一言でした。 自宅の一部をリフォームして器屋さんを始めた女性が、オープン後にこう言ってくださったのです。 「監督さん(私のこと)が女性でよかった。いつも現場をきれいにしてくれて、安心できた」 男性中心の建築業界で、女性ならではの気配りが喜ばれる場面があると知り、本当に嬉しく思いました。
女性に寄り添う設計
その後、大手設計事務所で設計補助としてアルバイトをしながら、公共施設や大型建物の設計に関わりました。 コンペ資料づくりでは、女性らしい色使いやデザインが評価され、前例にとらわれずに提案する大切さを学びました。 建築士の資格を取得した後は、設計事務所でプロの担当者として経験を積み、 「一軒の住宅を一人で設計できるようになりたい」という思いがより一層強くなりました。
16年間勤めた工務店では、主に新築住宅の設計を担当。営業担当と一緒に初期段階からお客様と打ち合わせを重ねるスタイルで、 多くのご家族の家づくりをサポートしました。しかし、家づくりの現場では、どうしても「ご主人の意見が強くなる」 「奥様が質問や要望を言いづらい」といった空気を感じる場面がありました。建築の専門用語や数字が飛び交う打ち合わせは、 苦手意識を持たれる女性も多く、また、営業担当も男性が多いため、奥様が細かい要望を言い出しづらい状況になることもありました。
女性同士になると、奥様がふっと本音を漏らしてくださることもあり、「本当はもっとこうしたい」「もっと丁寧に話を聞いてほしい」 そんな声に触れるたびに、家にいる時間が長い女性こそ、住まいに対するストレスやこだわりを強く感じているのではないかと 考えるようになりました。
女性が、たいせつにしたいことを安心して相談できる。そして、分かりやすく納得しながら家づくりを進められる。 そんな環境があったらいい。新築もリフォームも、お客様の想いに寄り添い、効率優先ではなく「対話」を大切にした提案をしたい。
たいせつにしたいことを、たいせつにできる家づくり。 安心して相談できる家づくり。 対話を通じてカタチにしていく家づくり。 そんな設計事務所があってもいいのではないか。 私は、そう思っています。
